2026年10月16日

大腸カメラ(大腸内視鏡検査)の世界でも、人工知能(AI)の導入が急速に進んでいます。
現在、特に普及しているのが、検査中の画像をリアルタイムで解析し、ポリープらしい場所を画面上の枠や音で医師に知らせるCADe(computer-aided detection)です。
「AIを使うと、本当にポリープを見つけやすくなるのでしょうか?」
この点については、現在かなり強いエビデンスがあります。
2024年に44件のランダム化比較試験、約3万6000件の大腸内視鏡をまとめたメタ解析では、AIを使用した大腸カメラでは、通常の大腸カメラと比較して腺腫発見率(ADR)が約20%相対的に高くなることが示されました。別の28件のRCTをまとめた解析でも、ADRの上昇と腺腫の見逃し率低下が確認されています。
日本消化器内視鏡学会のポジションステートメントでも、CADeは腺腫の見逃しを減らし、ADRを改善する可能性が高いと評価されています。
つまり、
「AIには大腸ポリープ・腺腫を見つける力がある」
という点自体は、かなり確立してきています。
日本でも、一定の条件を満たしたAIを大腸内視鏡で使用し、検出されたポリープを切除した場合には「病変検出支援プログラム加算」60点が設定されています。AIはすでに研究段階だけの技術ではなく、日常診療に入り始めています。
ただし、AIが優秀だからといって、
「AIを導入すれば、必ず大腸カメラの質が上がる」
とは限らないことも分かってきました。
最近注目されているのが、AIそのものの性能ではなく、AIを使う医師との関係、human–AI interactionです。
① AIの警告が多すぎて「見なくなる」―アラート疲労
現在のCADeには、一つ避けにくい問題があります。
AIはポリープだけに反応するわけではありません。
大腸のひだ、泡、便の残り、粘液、光の反射などにも反応し、「ここに病変があるかもしれません」と警告を出すことがあります。
つまり、偽陽性のアラートです。
実際の臨床では、この偽陽性の多さを煩わしく感じる医師は少なくありません。
米国のCADe導入研究では、内視鏡医の約4割が画面上の警告表示や警告音を煩わしいと回答し、57%が最終的にAIの警告音をオフにしていました。 また別の実臨床研究では、82%の内視鏡医が「偽陽性の多さ」をCADeの問題点として挙げています。
もちろん、警告音を消したからAIを完全に見なくなるわけではありません。
しかし、
「またAIが反応した」
「またひだだった」
「また泡だった」
という経験が何度も続けば、最初は注意深く見ていた警告にも、だんだん反応しなくなる可能性があります。
これがアラート疲労(alert fatigue)です。
2026年の American Journal of Gastroenterology に、この問題を考えさせられる研究が報告されました。
実臨床で前向きに集められた1,700件の大腸内視鏡を解析したところ、AIを使わなかった検査では、その日の前半と後半でADRはほぼ変化しませんでした。
一方、AIを使用した検査では、その日の最初の数件では認められていたAIによるADRの上乗せ効果が、検査件数を重ねると消失しました。 著者らは、その理由の一つとしてアラート疲労を指摘しています。
これは「アラート疲労を証明した研究」ではありません。
実際に何回AIを無視したか、視線がAI表示から外れたかまで測定した研究ではないため、あくまで可能性です。
それでも、
AIは疲れないのに、AIの効果は一日中一定とは限らない
という結果は、とても興味深いものです。
② AIを「信じすぎる」という落とし穴
一方で、AIを見なくなるのとは正反対の問題もあります。
2026年の医学雑誌 Endoscopy に、78人の内視鏡医を対象とした興味深い研究が掲載されました。
医師がまず自分で大腸病変を診断し、その後AIの診断結果を見て、自分の答えを変更できるようにした研究です。
全体では、AIを使用することで診断精度はわずかに改善しました。
しかし内視鏡医一人ひとりを見ると、約28%ではAIを見た後のほうが診断能力が低下していました。
特に興味深いのは、
医師自身の最初の判断は正しかったのに、AIが間違った答えを出したため、自分の診断をAI側へ変更してしまった
ケースです。
いわゆるautomation bias(自動化バイアス)につながる現象です。
「AIなのだから、自分より正しいだろう」
そう思ってしまうことで、かえって正解から遠ざかる可能性があります。
この研究も実際の市販AIを用いたリアルタイム内視鏡ではなく、模擬AIを使ったオンライン研究です。そのため数字をそのまま実臨床に当てはめることはできません。
それでも、
AIを信じれば信じるほどよいわけではない
ことを示す研究として、とても示唆的です。
③ では、AIを「信じない」ほうがいいのか?
ここがさらに面白いところです。
AIを信じすぎるのが問題なら、
「最終的には自分の目を信じればいい」
と思うかもしれません。
しかし、それほど単純でもありません。
2026年に報告された別の研究では、10mm以下の大腸ポリープについてAI(CADx)の診断と医師の最終判断を比較しました。
AIが「腫瘍性」と判断した場合、医師は比較的その診断を受け入れる一方、AIが「過形成性ポリープ」と判断すると、医師がその判断を疑う傾向がありました。
特に右側結腸では、
「本当に良性だろうか?」
「SSL(sessile serrated lesion)ではないか?」
と考えてAIの診断を変更したものの、結果として医師側のSSLへの変更が誤っていたケースも多く認められました。
これは内視鏡医としては非常に理解しやすい心理です。
「見逃すより、少し悪い病変として考えておこう」
という安全側への判断です。
しかし、安全側へ倒すことが必ずしも正解とは限りません。
つまり、
AIを信じすぎてもいけない。
AIを信じなさすぎてもいけない。
自分の判断が常にAIより正しいわけでもない。
ということになります。
大切なのは「AIがあるか」ではなく「AIをどう使うか」
ここまで読むと、AIに否定的な話に聞こえるかもしれません。
しかし、そうではありません。
最初に述べた通り、CADeによって腺腫発見率が上がることについては、多数のランダム化比較試験やメタ解析から強いエビデンスがあります。
AIは大腸カメラにおいて、非常に有望な技術です。
そして今後、偽陽性が減り、本当に必要な警告だけを出せるようになれば、さらに使いやすくなる可能性があります。
一方、実際の医療では、
AIの性能=検査全体の性能
ではありません。
AIの警告を医師が見ているのか。
AIをどの程度信頼するのか。
AIと自分の判断が違ったとき、どう考えるのか。
こうした「AIと人間の付き合い方」まで含めて初めて、AIの性能を十分に生かすことができます。
東森医院では現在、内視鏡AIを導入していません
東森医院では、現時点では大腸内視鏡AIを導入していません。
しかしAIを否定しているわけではなく、今後さらに進歩していく非常に重要な分野だと考えています。
一方で、
「AIがある=質の高い大腸カメラ」
「AIがない=見逃しが多い大腸カメラ」
と単純に考えることもできません。
大腸カメラの質には、腸を十分きれいにする前処置、丁寧な観察、十分な観察時間、病変を見つけた後の診断力、そして安全なポリープ切除まで、多くの要素が関係します。
AIは、その中の一部を大きく助けてくれる可能性のある優れた道具です。
だからこそ、単に「AIを導入しているか」だけではなく、その技術を医師がどのように使い、最終的な診療につなげているかが、これからますます重要になるのではないでしょうか。
参考文献
監修
東森 啓(ひがしもり あきら)
東森医院 院長/消化器内科・消化器内視鏡
大阪公立大学医学部附属病院などで消化器内科・消化器内視鏡診療に従事。香港中文大学への留学経験を有し、大腸内視鏡検査や大腸内視鏡前処置を中心とした臨床研究にも取り組んでいます。現在は大阪市平野区の東森医院で、一般内科・消化器診療から胃カメラ・大腸カメラまで幅広く診療しています。
ひらの色
AIは、これからの大腸カメラを大きく変えていく技術だと思います。
実際、AIによって腺腫を見つけやすくなることは、多くの研究で示されています。
一方で今回ご紹介した研究をみると、最新の機械を導入するだけで、自動的に良い検査になるわけではないことも分かります。
AIの警告に慣れてしまうこともあれば、AIを信じすぎることもあります。反対に、AIを疑った自分の判断が間違っていることもあります。
だからこそ大切なのは、
「AIがあるか、ないか」ではなく、「AIをどう使うか」。
東森医院では、今後も新しいエビデンスを確認しながら、本当に患者さんのためになる技術については柔軟に検討していきたいと考えています。