2026年9月18日

「数日前に鳥刺しを食べてから下痢が続いている」
「焼き鳥が少し生焼けだった。2~3日して発熱と腹痛が出てきた」
このような場合に考えなければならない代表的な病気が、カンピロバクター腸炎です。
カンピロバクターは、特に鶏肉に関連して起こることが多い細菌性食中毒です。多くの場合は数日から1週間程度で改善しますが、強い腹痛や発熱、血便を伴うことがあります。また頻度は低いものの、感染後に「ギラン・バレー症候群」という神経の病気を発症することが知られています。
「生の鶏肉を食べて下痢が出たらどうすればいいの?」「カンピロバクターは何日後に症状が出る?」「自然に治る?抗生物質は必要?」「ギラン・バレー症候群になる確率は?」といった疑問について、大阪市平野区の東森医院が分かりやすく解説します。

1.鳥刺し・鶏たたきの数日後に下痢?カンピロバクター腸炎とは
カンピロバクターは、ニワトリやウシなどの腸管にいる細菌です。なかでも人の感染症ではCampylobacter jejuni(カンピロバクター・ジェジュニ)が代表的です。
感染の原因として特に注意したいのが、生または加熱が不十分な鶏肉です。
鳥刺し、鶏たたき、加熱が不十分な焼き鳥や焼肉などがきっかけになることがあります。また、生の鶏肉を切った包丁やまな板から、サラダなど別の食品へ菌が付着する「二次汚染」によって感染することもあります。
「新鮮な鶏肉なら生でも大丈夫」と思われることがありますが、これは正しくありません。健康な鶏でも腸管内にカンピロバクターを持っていることがあり、食鳥処理の過程で肉に菌が付着する可能性があります。厚生労働省も、生や加熱不十分な鶏肉を避け、中心部を75℃以上で1分間以上加熱することを推奨しています。
カンピロバクターの特徴の一つが、食べてすぐには症状が出ないことです。
一般的な潜伏期間は2~5日程度です。そのため、「昨日食べたもの」だけではなく、「2~5日前に何を食べたか」を思い出すことが診断の大きな手がかりになります。
主な症状は、下痢、腹痛、発熱、吐き気、倦怠感などです。水のような便だけでなく血便になることもあり、腹痛がかなり強くなることもあります。右下腹部の痛みが強く、虫垂炎のような症状になるケースもあります。
2.カンピロバクターは自然に治る?重症化するのはどんな人?
健康な成人のカンピロバクター腸炎の多くは、自然に改善する病気です。CDCでは、多くの患者さんが1週間以内に回復するとしています。
治療で最も大切なのは水分補給です。
下痢が続くと水分だけでなくナトリウムやカリウムなども失われます。そのため、水やお茶だけではなく、必要に応じて経口補水液などを使いながら脱水を防ぎます。吐き気が強く水分が取れない場合には、点滴が必要になることもあります。
一方で、「細菌による腸炎だから全員に抗生物質が必要」というわけではありません。
カンピロバクター腸炎に対する抗菌薬の効果はありますが、研究では症状を短縮する効果は平均すると1日程度とされ、軽症例では自然に改善することも多いため、すべての患者さんに抗菌薬を使用するわけではありません。
高熱が続く、血便が多い、腹痛が非常に強い、症状が長引いている、全身状態が悪い場合などでは抗菌薬治療を検討します。また、高齢者、妊娠中の方、免疫機能が低下している方では重症化しやすく、より慎重な判断が必要です。抗菌薬を使用する場合には、薬剤耐性の問題も考慮しながらマクロライド系抗菌薬などが選択されます。
特に、ほとんど尿が出ないほどの脱水、立っていられないほどのふらつき、強い血便、高熱が続く、激しい腹痛、意識状態がおかしい、といった症状がある場合には早めの医療機関受診が必要です。
また、高熱や血便を伴う感染性腸炎では、市販の強い下痢止めを自己判断で使用するのではなく、まず原因を確認することが大切です。
3.カンピロバクター感染後の「ギラン・バレー症候群」とは?
カンピロバクター感染で最も知っておいてほしい合併症の一つが、ギラン・バレー症候群です。
ギラン・バレー症候群は、自分自身の免疫反応によって末梢神経が障害される病気です。
特徴的なのは、腸炎そのものが悪化して神経を直接傷つけるわけではないという点です。
カンピロバクターの表面には、人間の末梢神経に存在する「ガングリオシド」という物質とよく似た構造を持つものがあります。感染したカンピロバクターを排除するために作られた抗体が、間違って自分の神経にも反応してしまう「分子相同性(molecular mimicry)」が、発症に重要な役割を持つと考えられています。
発症頻度は決して高くありません。CDCでは、カンピロバクター感染1,000例あたり約0.2~1.7例がギラン・バレー症候群を発症すると推定しています。分かりやすく言えば、おおむね「1,000人に1人前後」です。一方、ギラン・バレー症候群になった患者さん側から調べると、直前にカンピロバクター感染が確認されるケースは少なくなく、カンピロバクターはギラン・バレー症候群の重要な原因の一つです。
では、「どんな人がギラン・バレー症候群になりやすいのか」が気になると思います。
現時点では、日常診療で「この人はギラン・バレー症候群になる」と予測できる確立した方法はありません。
研究では、カンピロバクター側の性質が重要であることが分かっています。日本の研究では、HS:19という血清型や、GM1・GD1aという神経のガングリオシドに似た構造を作りやすい菌株がギラン・バレー症候群と関連していました。つまり、「感染した菌の種類」と「その人の免疫反応」の組み合わせが重要と考えられます。
一方、「下痢がひどかったからギラン・バレーになりやすい」「血便があったから危険」という単純な関係は確立されていません。通常の診療で菌株の詳細な遺伝子型まで調べて将来のギラン・バレー症候群を予測することも現実的ではありません。
そのため重要なのは、カンピロバクター腸炎の症状が治まった後にも神経症状に注意することです。
典型的には、下痢などの感染症状から数日~数週間後に、両足のしびれ、足に力が入りにくい、階段が上れない、歩きにくいといった症状が現れます。日本のカンピロバクター関連ギラン・バレー症候群の研究では、下痢から神経症状が出るまでの中央値は約10日でした。症状は足から上半身へ進行することがあり、顔の筋肉、飲み込みに関係する筋肉、さらに呼吸筋まで障害されることがあります。
「下痢は治ったのに足に力が入らない」「両足がしびれる」「歩きにくくなってきた」という場合は様子を見ないでください。
ギラン・バレー症候群は入院治療が必要になる病気です。進行例では人工呼吸管理が必要になることもあります。治療には免疫グロブリン大量静注療法(IVIg)や血漿交換療法が用いられます。早期に神経内科など専門医療へつなぐことが重要です。
4.カンピロバクター腸炎はどうやって診断する?大腸カメラで分かる?
感染性腸炎の診断では、「検査をたくさんすれば分かる」というものではありません。
何を食べたのか。食べてから何日後に症状が出たのか。発熱はあるのか。血便なのか。腹痛はどこが痛いのか。一緒に食事をした人にも症状があるのか。
こうした情報を一つずつ整理することが、まず重要です。
そのうえで、血液検査で炎症や脱水の程度を確認したり、便培養などの便検査によってカンピロバクターを調べたりします。症状や腹痛の場所によっては腹部エコーなどを組み合わせます。
大腸カメラは、カンピロバクター腸炎の患者さん全員に行う検査ではありません。
一方、血便が強い場合、症状が長引く場合、潰瘍性大腸炎やクローン病などほかの腸炎との区別が必要な場合には、大腸内視鏡検査が診断の助けになることがあります。
カンピロバクター腸炎では、粘膜の発赤、むくみ、出血、びらん、潰瘍などがみられることがあります。特に回盲部、つまり小腸と大腸の境目付近に病変を認めることがあり、日本の研究でも回盲弁病変とカンピロバクター腸炎との関連が報告されています。ただし、これらはカンピロバクターだけにみられる所見ではありません。内視鏡画像だけでカンピロバクターと断定するのではなく、食事歴、症状、便検査などを合わせて診断することが重要です。
【当院で経験したカンピロバクター腸炎の内視鏡画像】

※カンピロバクター腸炎では、大腸粘膜に発赤、浮腫、びらん、出血、潰瘍などを認めることがあります。内視鏡所見だけでは確定診断できないため、症状や食事歴、便検査などを組み合わせて診断します。
東森医院では、消化器内科・内視鏡診療を専門としてきた医師が診療を行っています。
感染性腸炎の診断で大切なのは、「何の検査をするか」だけではありません。「この腹痛は感染性腸炎なのか」「虫垂炎など別の病気ではないか」「便検査が必要か」「大腸カメラまで必要なのか」「入院が必要な状態ではないか」を判断することが重要です。
東森医院では、こうした症状や経過を読み解く臨床判断に加えて、血液検査、便検査、腹部エコー、必要に応じた内視鏡検査などを組み合わせ、原因を考えていく診療体制を整えています。
「診断するための頭脳」と「診断を支える検査機器」の両方を生かし、必要以上の検査はせず、一方で見逃してはいけない病気はしっかり見つけることを大切にしています。
5.生の鶏肉を食べた後の下痢は「数日後」に注意してください
カンピロバクター腸炎で覚えておいていただきたいのは、「鶏肉を食べたその日に症状が出るとは限らない」ということです。
鳥刺し、鶏たたき、生焼けの焼き鳥などを食べてから2~5日ほどして、発熱、腹痛、下痢、血便が出てきた場合には、カンピロバクター感染の可能性があります。
多くは自然に改善しますが、重い脱水や強い炎症を起こす患者さんもいます。高齢の方、妊娠中の方、免疫機能が低下している方では特に注意が必要です。
そして非常にまれではありますが、下痢が治って安心した頃に、ギラン・バレー症候群を発症することがあります。
下痢のあと数日から数週間以内に「両足がしびれる」「足に力が入らない」「歩きにくい」「階段を上れなくなった」といった症状が出た場合には、単なる体力低下と思わず、速やかに医療機関を受診してください。
カンピロバクター感染を完全に防ぐために最も重要なのは、鶏肉を十分に加熱することです。
「新鮮だから生でも大丈夫」ではありません。
生や加熱不十分な鶏肉を避け、中心までしっかり火を通すこと。そして生肉を扱った包丁、まな板、手指から別の食品へ菌を広げないこと。
身近な食中毒だからこそ、正しく知って予防することが大切です。
参考文献
1.厚生労働省.カンピロバクター食中毒予防について(Q&A).生・加熱不十分な鶏肉を避け、中心部75℃以上で1分間以上加熱することなどが推奨されています。
2.Centers for Disease Control and Prevention. Clinical Overview of Campylobacter. Updated January 30, 2025. カンピロバクター腸炎の症状、重症化リスク、治療、ギラン・バレー症候群発症頻度などについてまとめられています。
3.Shane AL, et al. 2017 Infectious Diseases Society of America Clinical Practice Guidelines for the Diagnosis and Management of Infectious Diarrhea. Clin Infect Dis. 2017;65.
4.Koga M, Gilbert M, Takahashi M, et al. Comprehensive analysis of bacterial risk factors for the development of Guillain-Barré syndrome after Campylobacter jejuni enteritis. J Infect Dis. 2006;193:547-555. カンピロバクター菌株のLOS構造やHS:19血清型とギラン・バレー症候群との関連を検討した日本からの研究です。
5.van Doorn PA, et al. European Academy of Neurology/Peripheral Nerve Society Guideline on diagnosis and treatment of Guillain-Barré syndrome. J Peripher Nerv Syst. 2023;28:535-563.
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記事監修
監修者プロフィール
院長 東森 啓(ひがしもり あきら)
資格・所属学会
医学博士
日本内科学会 認定内科医・総合内科専門医
日本消化器病学会 専門医・指導医
日本消化器内視鏡学会 専門医・指導医
日本ヘリコバクター学会 ピロリ菌感染症認定医
日本カプセル内視鏡学会 認定医
日本消化管学会 専門医
日本医師会認定産業医
難病指定医
略歴・主な職歴
2008年 山口大学医学部 卒業
2016年 大阪市立大学大学院 医学研究科 博士課程修了
大阪公立大学 医学部 病院講師
香港中文大学 Prince of Wales Hospital 客員研究員
なにわ生野病院 副部長
ガイドライン作成・システマティックレビュー
H. pylori感染の診断と治療のガイドライン2024年改訂版 システマティックレビュー担当
薬剤性消化管障害ガイドライン 作成委員
消化性潰瘍診療ガイドライン システマティックレビュー担当
この度、東森医院の4代目として、大阪市平野区にて診療を行っております。大学病院・地域中核病院・海外の医療現場で培った幅広い内科・消化器診療、内視鏡診療、研究の経験を活かし、地域の皆さまに信頼していただける医療を提供してまいります。
当院では、総合内科・かかりつけ医として発熱、腹痛、下痢などの日常的な症状から生活習慣病まで幅広く診療するとともに、消化器内科・内視鏡診療にも力を入れています。胃カメラ・大腸カメラ、日帰り大腸ポリープ切除にも対応し、病気の早期発見から必要な治療、専門医療機関への連携まで、患者さんが必要な医療につながることを大切にしています。
ひらの色。
東森医院は1927年の創建以来、大阪市平野区で地域医療を続け、まもなく100年を迎えます。
私たちがこれからの100年に向けて大切にしたい医療を、「ひらの色。」という言葉に込めています。
ひとにやさしい。
らくに受けられる。
のぞむ明日を、もっと近くに。
腹痛や下痢という身近な症状の中にも、カンピロバクター腸炎のような感染症や、まれではあっても見逃してはいけない合併症が隠れていることがあります。
「大丈夫だろう」で終わらせず、必要なときにはきちんと調べ、必要な治療へつなぐ。
総合内科として診る力と、消化器・内視鏡の専門性を生かして、この街で安心して相談できる医院であり続けること。
それも、東森医院が考える「ひらの色。」です。